三十六歌仙という魔力

「佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美」
満を持して京博へ。

1983年に放映されたNHKの特集番組「絵巻切断〜秘宝三十六歌仙の流転」の再放送を見たのはいつだったでしょうか。
大正8年(1919)、品川の御殿山にあった益田孝(鈍翁)邸の応挙館で行われた絵巻断簡事件と、そしてその後の戦争、高度経済成長、バブル崩壊など激動の歴史のなかで、次々と持ち主が変化、流転する歌仙絵を丁寧に追跡、特集した内容はとても興味深く、衝撃的でした。

籤引きでは
原三渓が小大君(いまは大和文華館)
吉兆の湯木さんが在原業平
逸翁美術館が藤原高光
相国寺さんが源公忠
住友家は源信明
野村家は紀友則
鈍翁の弟が坂上忠則
・・・・・
そして籤で坊主を引きあてたにも拘らず、すっかり不機嫌になって周囲に圧をかけ、遂にはルール違反を犯して、垂涎の絵仙と交換させてしまった鈍翁は、一番人気の斎宮女御を。

あれから約100年。
今は東博に寄贈され、静かに庭園の片隅に佇む応挙館ですが、藝大茶会が催された時、室礼には鈍翁ゆかりの道具が多く使われ、そこが茶人や有識者にとって衝撃の歴史の舞台であったことは、忘れられていませんでした。不遜にも数年前、そこで自分も点前が出来たことは一生の思い出です。

ですから、佐竹本三十六歌仙の展覧会をするなら東博こそがふさわしいと思っておりましたが、今回の展覧会、上野での開催はないということで京都へ。いつ何が起こるか分からない昨今のさまざまな事情は、「また今度」の選択を許してくれませんから・・・。

さて、住吉大明神を含めた37枚の内、過去最大の31枚が集結した今回ですが、入れ替えがあるため常時31枚が鑑賞出来るわけではなく、そのなかで、6日から10日までの期間が最も多い29歌仙が並んでいて、この日になったのは樂美術館のお陰で、すべての巡り合わせに感謝です。

つい、その高額さ、話題性ゆえ、ステータスとして所有した人もいたでしょうし、次から次へ流転のことばかりが話題になる佐竹本ですが、まずは何よりも歌仙絵の素晴らしさが他の追随を許さぬ見事さなのです。描いたのは当代随一の絵師藤原信実。歌の意味に寄り添い描き分けられた歌仙一人ひとりの表情、姿態、装束の文様などが、詠み人の心情まで描いており、その侘しさや恥じらい、懐かしさ、恋しさまでが伝わってくるようです。

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また、大正時代の数寄者たちによる表装も見どころのひとつです。絵の上下の一文字、周囲の中まわしの裂地選びにも美意識が光り、特に『坂上是則』の「みよしのの山の白雪つもるらし ふる里さむくなりまさりけり」の歌に、うっすらと雪が降り積もる山と鹿を描いた中世の大和絵をそのまま使用した鈍翁の弟の大胆さは圧巻で、会場でも存在感を放っていました。
扇がちるもの、蝶が舞うもの、さまざまで、いまはサントリー美術館所蔵の『源順』は、最初の所有者は高橋箒庵で、なんともモダンな墨流しの紙を仕立て、それを中まわしとして表装。目が釘付けに斬新さでした。
さらに戦後、『藤原仲文』を手に入れた北村美術館の北村勤次郎は、絵画の上下の一文字だけを大変希少で美麗な裂地・蜀江錦に替え、さらに美の価値を高めました。

今回の調査では、行方不明になった歌仙があることも分かったそうで、海外流出だけはないことを祈るばかりです。斎宮女御、中務にもいつかお目もじ致したく存じます。
会場は薄暗く、大変目が疲れましたが、これも文化財を未来に残すため、耐えて、時間の許す限り堪能させて戴きました。

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