新緑の箱根に「雪」を訪ねて

「再発見・歌麿 深川の雪」箱根・岡田美術館。

みどりの日、まさに若葉風が吹き渡る美しい箱根に歌麿を訪ねてMさんと。

まず、かねてより気になっていたギャラリー「箱根菜の花展示室」へ寄り道。開催中の展覧会「津田千恵子型染」では、ミャンマーのインレー湖に棲まうインレー族の人たちが生み出す蓮の繊維の糸から作られた帯を拝見。他にも藍染め、パイナップルの繊維で織られた布の型染めなど、見目麗しい作品の数数と遭遇。お茶とお菓子も呈され、なんともゆかしいひとときを賜りました。

箱根にこつ然と現れた岡田美術館。新緑に染まる道をバスに揺られて辿り着いた小涌園脇に、その美術館はありました。

歌麿の「雪月花3部作」の話は、以前、栃木市で『達磨大首図』が発見されたときの展覧会の折、地元の方から伺って存じていました。その行方不明の1点『深川の雪』が発見されたら、当然栃木市に帰ってくるものと信じていましたが、現実は思惑通りにはならないもので・・・、それでも『品川の月』は、米国・フリーア美術館、『吉原の花』は米国・ワズワース・アセーニアム美術館へ行ってしまったことを思えば、せめて国内にあることを喜ばなくてはならないのでしょう。

そもそも歌麿肉筆画の最高傑作「雪月花3部作」は、栃木市の豪商・善野伊兵衛のオーダーにより描かれました。狂歌の会に招かれて、度々栃木に滞在していた歌麿ですが、本当に狂歌が好きだったようで、狂歌本の挿絵も描いています。ちなみに狂歌師名は「筆綾丸(ふでのあやまる)」。何ともウィットに富んでいます。

江戸時代に描かれた3部作の最も古い記録は、明治12年(1879)11月23日、栃木の定願寺における展観に、善野家が出品したというものです。「花」と「雪」は明治20年以前に美術商S.ビングが、「月」は明治24、5年頃に林忠正が購入し、パリへと渡りました。そして戦前、同地滞在中の浮世絵収集家・長瀬武郎が、パリ在住の日本人美術商から「雪」を買い求め、昭和14年(1939)に日本へ持ち帰りました。「月」と「花」はアメリカの美術館に収蔵されましたが、「雪」は昭和23年(1948)4月15日から銀座松坂屋で開催された「第二回浮世絵名作展覧会」にわずか3日間展示された後、行方が分からなくなったのでした。

その「雪」が66年振りに日本で発見されたわけです。

まず驚くのは、縦199㎝×横341㎝にも及ぶその大きさです。掛軸画では考えられない巨大な画面に、総勢27名の人物たちが生き生きと描かれています。火鉢にあたる姿から寒さは感じられるものの、雪を喜ぶ女も、お盆にのせて食べている女もいます。雀がちらす雪に声を上げる女、猫や童、拳に興じる女・・・。布団を奥座敷に運ぶ女と、その部屋に呼ばれている女、わかっているわと化粧を直す女・・・物語は多彩に見えてきます。どの女も素足で、これは当時の流行で、足袋を履くのが無粋と言われていたそうな・・・。緑の口紅も当時トレンドの笹紅です・・・。

これが歌麿晩年の作らしいのですが、なお衰えない歌麿の真価が発揮され驚くばかりです。いつか「花」と「月」に海を渡って戴き、3部作全てを一緒に見たいと思うのは、私だけではないと思います。

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4 responses to “新緑の箱根に「雪」を訪ねて”

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