和菓子 いとをかし

「和菓子の歴史展」とらや文庫。

菓子とは本来、木の実や果物を指す言葉で、お餅やお団子も同類とみなされていました。それが、外来の食べ物の影響を受け、やがて和菓子は今日見るような形に変化してきたそうです。

赤坂にある虎屋さんに入ると、美しい和菓子に五感が満たされ、とても幸せな気分になります。四季のある日本に生まれた喜び、古人の残した和歌や能、物語に触れる大切さも、小さな和菓子には凝縮されています。そして2階にある「とらや文庫」では、和菓子に関する知識欲が満たされ、また幸せになれるのです。

こちらでは以前、和菓子作り体験をさせて戴いたことも。お饅頭に菖蒲の絵を描いたり、何百年も前から虎屋に伝わる木製の型で牡丹の押菓子を作ったり、2色のきんとんにも挑戦しました。ちょうど朝の連ドラで京都の和菓子屋さんが舞台になっていたときで、何となく面白そうに見えて参加したところ、意外に上手に出来て嬉々としてしまいました。ちなみにドラマのタイトルは「あすか」。和菓子屋さんのモデルは、樂美術館近くの塩芳軒とか。

とらや文庫の持つ膨大な和菓子の資料、古文書、スタッフの方の菓子研究への熱意は素晴らしく、展示会場は常にお菓子のワンダーランド。でも、展覧会は年に2度ほどしか開催されず、偶然通りかかって何か催されていたら幸運を喜びます。おととし拝見した「源氏物語と和菓子展」は、各段ごと優美な料紙とともに展示された繊細な和菓子は絵巻を眺めるような優雅さ・・・。さらに10年も前ですが、登場人物が全てお菓子という「江戸おもしろお菓子展」は、江戸時代の黄表紙『名代干菓子山殿』がテーマで、擬人化されたお菓子たちは歌舞伎の舞台よろしく大立ち回りを繰り広げ、会場には登場人物ならぬ登場菓子たちが再現展示。あまりの愉快さに今だ忘れられません。

さて、今回の和菓子の歴史も大変興味深い内容でした。遣唐使によって伝えられた唐菓子、鎌倉~室町時代には禅僧から饅頭や羊羹が、戦国~江戸時代にはポルトガル人によってカステラや金平糖などが伝わり、それらの影響を受け和菓子が大成するのは鎖国下の江戸時代、元禄期のころ。茶の湯の興隆と砂糖の流通量の増加によるものでした。

会場には縄文クッキーや有平糖などの唐菓子をはじめ、江戸時代の虎屋の菓子絵図帳から再現した菓子や、宮中や大名から注文された豪華な菓子を詰めたお重も展示。その精緻で華やかな菓子の数々は芸術品と見まごう程。

さらに時代は進んで戦時中、少ない配給物質で作った代用食、兵士に配られたという携帯用羊羹も展示。

そこでふと、今は亡きお茶の先生が、長野県の小諸に疎開された際にもお茶を教えておられた話を思い出しました。非常時ゆえサツマイモの茶巾絞りと、ほうれん草で見立てた抹茶でも、たくさんの方が習いにいらしたとか。お茶一筋に生きられた先生のこと、厳しい時代に茶の湯に心の平和を求めた当時の方たち、その心情を思うと胸が熱くなります。また、一度だけ先生とお社中の皆様と小諸にて朝茶の会を催したことがあり、その夏の日のことなども懐かしく甦ってくるのでした。そして、平和に和菓子が戴ける現在に、ただただ感謝するばかりです。

100817

4 responses to “和菓子 いとをかし”

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